今日は、前回の
「パリ エジプト化計画〜1〜」のつづきです。
しかし、微妙なことですが、歴史軸には1つふしぎなことがあります。
この
の図を見てわかるように、凱旋門からルーブル美術館のガラスのピラミッドを通して見ると、なぜかピラミッドの全体が
見えないのです。
凱旋門からルーブル美術館のガラスのピラミッドを通して全体を見るには、横に
6度ずれなければいけません。
この疑問はフツウだったら別に気にしないようなことですが、実は、似たようなことがエジプトにもあるのです。
それは、みなさんもよくご存知の
「ルクソール神殿」にあります。
ルクソール神殿を上から見ると、少しずれていることがわかります。
そのずれを調べると、なんとパリの歴史軸のずれと同じ
6度だったのです。
(ルクソール神殿と歴史軸の上から見た図)
まず、なぜこのようなずれがあるのかというと、昔は
「ナイル川にあわせて角度をかえた。」という説がありましたが、最近は、
「エジプトの王はそれぞれ自分の角度というのがあり、ピラミッドなどを作る時に、この角度を用いた。」と考えられています。
ということは、ルクソール神殿のずれは、設計者が2人いて、左側を
ラムセス2世、右側を
アメンヘテプ3世がつくり、なおかつ2人は自分の角度を持っていたということになります。
パリの歴史軸は、こんな細かいところもエジプトと同じにしていたということです。
【今日の私】
これは昨日の話なんですけど、昨日は文化祭がありました。
主に
合唱コンクールがあって、私のクラスはビリーヴを歌いました。
(ちなみに私は伴奏をしました。)
結果はなんと優勝しました。
今まで頑張ったかいがありました。